やさしい微笑み。ずっと側にあった。

いつも守られるばかりでちっとも役にたてなかった。そんな自分がもどかしくて、苦しくて・・・。

だけど、最後の最後で気づいた。この永久の命、捧げればいいことに。だからこの躰を犠牲にした。欲望にひしめく『夢』に与

え、押さえ込んだ。

「・・・・ファエ・・・ル・・・。」

ーーーがばりっと。

自らの声に彼は跳ね起きた。ぶんぶんと辺りを見回す。

「なっ・・・・・!?」

暗い地下牢のような場所で目が覚めた人間ししては当然の反応である。

「なに、ここ。夢の続き・・・?」

目をぱちくりとさせる。

「お目覚めか?」

低い、背筋に震えが走るようなバリトン。

くすり 、と小さな笑いがこぼれる。

「誰、だ・・・?」

ゆっくりと頭をめぐらせる。くんっと不思議な香りがした。

「なんで・・・俺、ここに?」        

そいつは闇の中からするりと現れた。まるで闇の化身。全身黒ずくめの格好で、背中から大きな翼が・・・灰色の翼が生えて

いる。漆黒の翼じゃないところが違和感。翼が生えてる事に対して、不思議と驚きはなかった。なんだかずいぶん前から知っ

ている。夢でよくみるからだろうか・・・。

「・・・本当に忘れているのだな・・・・。

 記憶さえあればこんな時空の檻など気にせず飛び立てるだろうに。」

「記憶ってなんだよ。俺は俺。草薙皓だ。」

「いいや、お前は紺碧の死神。我々夢魔の忌むべき存在。」

・・・忌むべき存在。

その言葉は何故か皓の中に深く沈んだ。

「俺が 存在してはいけない者だって言うのか・・・?」

「その通り。しかし利用価値はある。その躰にぎっしりつまった『夢』は逆らいがたい魅力だ。」

長身の、闇より現れた男はやんわりと皓の腕をつかむ。逃れようともがくと・・言いようのない痛みが全身を貫いた。

「あぅっ・・・・・。」

「痛いか?

  私とお前の中に封じられし『夢』が共鳴しているのだ。」

「夢とか・・・・紺碧の死神だとか、俺、わかんない。

  俺には関係ないっ!!」

「関係ないことはない。

  お前は私で私はお前なのだから。」

「違うっ。俺はただの普通の人間だっ。お前とは違うッ。」

悲鳴じみた皓の叫びはわだかまる闇に消えていく。

「ーーーーーお前は人間などでは、ない。」

・・・気分が悪い。

頭が重く、四肢に力が入らない。

崩れ落ちそうになる皓の腰を男が抱える。

「・・人間じゃ・・・ない?」

「そうだ。我々夢魔の一部。」

・・・もう紫京と会うこともできない。人間じゃないというのに。禍々しいこの男と同類だというのに。どうやって会うことができ

る?

涙がこぼれた。

「泣くな。悪かった。

  苛めすぎたか?」

くいと、顎に指をかけ仰向かされる。

「名前は・・・・?」

「私の、か?

  夜魅だ。夜のバケモノと書く。」

体中が、うずく。この男のそばにいると・・・躰が熱くなる、言うことを聞かなくなる。いやだ・・・。無理矢理、自分を変えられてる

みたいでいやだ。

「お前は・・・・脆いな。」

夜魅の言葉にふと顔をあげる。

「たかが麝香の香りと私の言葉に、そうやって心を乱す。

  ・・・綺麗だ。」

男の顔が皓の首筋にあてられた。

・・・やだ・・・・助けて、紫京・・・・!!

「・・・人のものに手をだすなんて趣味が悪いですよ。」

「紫京・・・?」

聞き慣れたやわらかいテノール。でも、そんなわけがない。

ここは普通の人間がこれるような場所じゃないはずだ。

「嘘だ・・・・。」

躰が熱くて熱くてたまらない。躰の芯から燃えて融けていく・・・。

「嘘なものですか。なんのために私がこんな空気の腐った場所まで来たと思うんですか。あなたを取り戻すためですよ。」

いらっしゃい、と紫京は手を差しのばすが皓はその手をとることができない。

「どうしてですか・・・?

  私よりもその夢魔を選ぶんですか?」

「・・・違う・・・。」

ふるふると首を振る。

「俺・・・邪悪なんだ・・・。

  フツウじゃない、忌むべき者なんだ。お前のそばにいられないっ・・・!!

  一緒にいちゃ駄目なんだ。俺、信じたくなかったけど、変な夢は見るし、こい つがそばにいると反応しちゃう・・・・お前と友達

でいらんないんだっ!!」一瞬あっけにとられたような顔をして紫京は微笑んだ。そして・・・皓のドタマを思いっきりグーで殴

る!!

「あにすんだよぉっ・・・!?」

「目が覚めましたか?」

「へ・・・・?」

ぱちぱちと目を瞬かせる。

ふっと、その瞳にうっすらとはっていた霞が晴れた。

「麝香の香りです。ちょっとした催眠効果があってですね。あんたが今自分で考 えたと思ってた事は全部この男による誘導で

す。」

「へっ・・・・へ?」

ぶんぶんと男と紫京の顔を見比べる。

「ーーーいいところで邪魔をする・・・。」

悔しそうに夜魅が言葉を紡いだ。

「・・・このヒトをあんたの餌にする気はありませんからね。

  それにしても私に断りなくこのヒトにちょっかいだすとはどういうことです。  創造神へ反逆でもする気ですか?」

「いいや。私も創造神に頼まれたんだ・・・。皓の記憶と力を取り戻す手伝いをしてやって欲しいとな。」

「で?

  そのあんたがどうして私からこのヒトをさらったあげく喰らおうとしてるんですか。」

へたりこんだ皓の上ででかい男二人の火花が散る。

「身に危険が近づけば記憶が戻るんじゃないか、と思ったものでな。しかし・・相変わらず泣き顔が可愛い奴だ。ついつい苛め

すぎてしまった。」

「と、ゆーことわ・・・・。この人紫京の友達?」

「友達なんかじゃありません。」

「友達などではない。」

じろっと二人の殺人光線に晒されて、びくっと皓が躰をちぢこませた。状況が理解できていないらしく瞳にありありと混乱の二

文字が浮かんでいる。

「私から説明してやろう。」

差し出された夜魅の手をおずおずと皓が握った。さっきの今でありながらも気を許し始めているこの男の間抜け具合がコワイ。

「お前の躰には『夢』というものが封印されている。簡単に言うと私の力と同じ ようなものだ。私は『夢』の欠片にとりつかれ、

逆にそれを制御することに成 功した。だがお前は『夢』を直接全て自分の躰へと閉じこめた。御使いとしての命と引き替え

にな。」

「命と・・引き替えに・・・?」

「・・・・・そうです。」

やけに苦々しいセリフ。

「私の説得にも耳を貸さず、あなたは『夢』に飲み込まれていった・・・。私が どんなに苦しんだかわかりますか?」

「ほへ・・・・・?

  紫京も、人間ちゃうの?」

「話の流れではそういうことになっているだろう?」

「あっ・・・・。」

やんわりと耳元に顔をうずめられ、敏感に皓の躰がびくっと跳ねる。

「ほら、こんなに私の中の夢と共鳴してる・・・」

「なにしてるんですか、いつまでも。あんたもあんたです。知らない人にほいほ いついていくなと小学校で習ったでしょう。」

「ついてったんじゃなくって誘拐されたんだよっ・・・・!?」

ぐいっと紫京が皓を夜魅より奪い返してぎゅうと抱きしめた。

「な・・・・なっ?」

今まで紫京がこういう行為にでたことがなかったためパニックに陥った皓は裏返った声でうめく。

「いい機会ですから謝ってもいいですか・・・・?」

「・・・何を?」

背中から紫京に抱き込まれて、きょとんっと皓は紫京を仰ぎ見る。

ふわぁっと紫京が天界での姿へと変化した。

「おわぁっ・・・。紫京、お前ってガイジンだったのか・・・・?」

金髪碧眼の長髪美人へと変わった紫京に皓は目をまん丸く見開く。

「・・・たかだかの変色よりもその男の背中から生えたものに驚いて欲しいんだが。」

「羽なら、お前の背中にも生えてるしぃ・・・。でもお前はヘンシンしたりしなかったろー?」

のほほんと皓が紫京を忘れたかのように夜魅と感想を語る。

「なーー、紫京ぉ。海の中でもヘンシンできんの?」

「できますけど、基本的にどこでも。それよりヘンシンってあなたがいうと頭の中がテレビの妖しい電波に支配されてる人っぽ

いんですけど。」

「リンゴみたいに塩水につけてたら変色ふせげるかなぁ、なんてさ。」

夜魅もその長身を折り曲げてくつくつとのどを震わせ笑う。

「・・・・人は真面目にシリアスしてるのにあんたってヒトはっ・・・!!」

「いやぁ、ごめんごめん。で、なに?」

もう熱い友情の果てに抱き会うなんていう雰囲気はまったくなくって。

「もういいです。

  ただ約束しておきますが、私は前回あなたを守れなかったぶん、今度こそ守り 抜きます。同じく創造神の命をうけた夜魅と

ともに。」

ぴくんと皓のこめかみがひきつった。マジギレモード。紫京、だいぶヤバイ地雷を踏んだとみた。

「護ってもらわなくてもいいっ!!」

ぶんっと紫京の手をふりはらって、皓がぎらぎらと光る両眼で紫京を睨み据える。

「創造神とやらに言われたから俺と友達してるのかよっ!?

  俺はそんなのごめんだねっ。お前なんてキライだ。

 俺自身の事を好きでいてくれない紫京なんて大っキライだっ。今まで俺の事心 配してくれたりしたのは全部そいつの命令

だったから?

 お前の意志はちっともなかったてのかよっ!?」

「ーーーーいいものを見せてやろう。」

絶句してしまった紫京に変わって、夜魅が皓のほっそりとした躰をその腕の中に捕らえた。抵抗するより早く強烈な睡魔に意

識をさらわれる・・・。

「一体何を・・・・っ!?」

「安心するんだな。私の力と皓の躰に封印されし『夢』を共鳴させて操ってるだ けだ。本人にはなんのダメージもない。ただ、

少し思い出してもらうだけだ。 ・・・懐かしい思い出をな。」

「ですが・・・・!!」

「このままなんの力も持たない「お姫様」をさせる気なのか?」

・・・・・重い静寂が二人の間に横たわる。

ぐったりと脱力した皓はぴくりとも動かない。暗い地下の城で二人の男は佇むばかり。すべては・・・すべての鍵はこんこんと眠

る皓にかかっている。

夜魅の言うとおり、これから何かあったときに自分の身も守れないようでは困る。しかし、今の皓はただの人間なのだ。

長い輪廻によって、「死神」の枷から逃れた彼を今度は過去の記憶という忌々しい鎖によって縛るというのか。

それとも二度と自分の隣から消えてしまわぬようにがらんがじめに縛り付けてしまった方がいいというのか・・・?

「私にあのヒトの人生を縛る権利なんかありません・・・・。あのヒトが普通の 人として一生を終えたいというならそれでもかま

わないと思っています。」

「皓がどうしたいと願うのは皓の勝手だ。そしてお前がどうしたいと考えるかの もお前の自由だ。そしてそれを実行するの

も。」

神よりさずかりし翼を灰色へと自らの意志で染め変えた男はその美貌に似つかわしいとろけるような微笑みをうかべる。

  しかしそれは時として悪魔の微笑み。

通常の者なら気づかずにずるずると引きずり込まれる甘美な罠。

だがそこはやっぱり大天使ラファエル。

「どれくらいしたら気が付きますか?

  その時のこのヒトの選択によって下界の命運が決まるといっても過言ではありません。・・・妙なものを見せたら殺します

よ。」

「相変わらず、こいつのこととなるとムキになるな。」

「別にムキになんかなってませんよ。ただ、このヒトは私の友人です。大切な、失うわけにはいかない理解者なんです。」

「それを本人に言ってやればいい。きっと喜んで懐いてくれるぞ、今まで以上にな。実際出会ってからまだ数週間しかたって

ないのだろう?」

「ええ。創造神からの命が下されてから、このヒトの住むマンションに移動して、親しくなりましたから。まだたいして長いつき

あいじゃありません。」

「また会うだろうが、私はもう行こう。地上での勤務時間が迫ってきてるんでな。それまでに皓の記憶が少しでも戻ればいい

んだが・・・。」

その言葉にん、と紫京は気づいた。 

 今は一体何時だ・・?    学校は・・・?

「ついでといっちゃあなんですけど、私とこのヒトの分、欠席届をだしてきてもらえますか。夜魅なら充分保護者で通じます

よ。」

「わかった。今日は二人とも休みなんだな?」

「ええ。届けてくださいよ。」

「ふん、今聞いた。」

・・・・・まさか。

「お前らの担任となった四海堂  夜魅だ。さすがに名だけでは教師はできまい。 ・・・皓を看てやれ。最初は混乱するだろう。」

「・・・・・あんたを先生と呼ばなきゃいけないんですか・・・・?」

「そういうことになるな。岩瀬  紫京くん。」

とことん嫌そうな顔をした紫京に夜魅はにやりと笑ってみせた。

「夜魅でいい。昔の知り合い・・・幼なじみとでもいう設定にしておこう。あながちはずれでもなかろう?」

「そうですが・・・。」

「ああ、言い忘れていたが・・・お前が皓を見離すというのなら私がもらい受けるぞ?  皓は可愛いからな。いくらでも可愛がっ

てやる。」

紫京が何を言うより早く夜魅の姿がぶぅんっとかすんだ。

「ったく・・・変わってませんね。行きますよ、皓さん。」

呼びかけても返事のないパートナーの躰をしっかりと抱きなおして紫京は暗い地下の城を後にした。

 

                          

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