紺碧の死神ーーー邂逅ーーー

 

白亜の城。

その建物はまさしくそんな名前がふさわしいと思える美しい造りをしていた。ギリシャの神殿の復古予想図と驚くほど酷似して

いる。人の姿は見えず、ひっそりとした静けさに包まれていたその場所は空の蒼に守られていた。そんな通路の端にぽうっと

やわらかい光が灯る。

それは段々と大きくなり、一人の麗しい青年の姿へと変わった。

  ゆったりとその背にたらされた金の髪。深く透き通ったサファイアの瞳。

「一体・・・なんなんでしょうね・・・・?」

宝石のようだ、と評される瞳にわずかな戸惑いを滲ませて彼はぼやく。

「必要最低限の協力しかしないと言ってるはずですが・・・・。」

彼は風の大天使、ラファエルだ。巧みな洗脳や暗示によって周囲にとけ込み、現在は至って平々凡々な男子校生をしている。

こんな風にいきなり呼び出されるのは心外だ。・・・・期末テストも近いのである。

「風の大天使、ラファエル様がいらっしゃいました。お通しします。」

廊下の突き当たりにある大きな扉の隣に控えた御使いの一人がゆっくりととびらを開いた。軽くぎっときしむ。

「待っておったぞ、ラファエルよ。

  我が命による出頭、まことに大儀であった。」

そう口を開いたのは白い布を幾重にも纏った一人の老人。その低い声音には朗々とした威厳が満ち溢れている。

「あなたの命とあればたとえどこにいても駆けつけて参る次第であります。」

畏まって彼が答えた。たとえ大天使であろうとも創造神に対して無礼があってはならないのだ。

「我が息子ラファエルよ、地上の言葉で話すがいい。親子の間柄だ。余計な垣根 は取り放ってしまおうぞ。」

ぴくりと彼が老人を見上げた。本当にいいのか、と問うように。

「なら遠慮はしませんよ。

 一体なんの御用です? 高校生というものは意外と忙しいんです。」

さやりっと綺麗な金髪をかきあげて彼は詰問をあびせる。

「ふむ・・・テストとやらか?

 地上暮らしも大変なものだ。」

のんびりと創造神はそんな事を口にした。

「そういうことです。こんなところで世間話している暇はない。」

険のある目つきでぐっとにらんだ彼に、創造神はあきれたようにぼやく。

「・・・全ての父である神を脅迫するのはお前ぐらいだな。」

やわらかい苦笑。

「育て方を間違えましたね。」

「口がうまくなったものだ。

  ーーーお前に頼みたい仕事があるのだ。」

必然的に二人の顔に真剣な色が浮かぶ。

「御使いの面倒をみてほしいのだ。紺碧の死神の。」

ーーーー紺碧の死神ーーーー

長年続いた降夢戦争の幕を、たった独りで下ろした御使い。

「俺、死神やめるわ。」

あっさりそういって、彼は暴走し、地上に荒れ狂う『夢』の中へと身を投げた。白き衣と蜜色の髪と瞳が。『夢』を吸引封印し、紺

碧に・・・魔の色に染め抜かれて、彼の無垢な魂は地上へと堕ちていった。ラファエルはそれを止める事ができなかったのだ。

彼が自分の中に『夢』を封印するなどという無謀な賭けにでるほど思い詰めてた事に気づくことができなかった。あの時のこと

は今でも覚えている。いやに落ち着いた笑顔で『バイバイ』とラファエルに向かって微笑んで彼は限りなく回り続ける輪廻の輪

へと堕ちていったのだ。

「あの人が・・・具現したんですか?」

俺を見つけて。もっかい友達になろう。

そう言って笑っていた彼。

もう一度会えるものなら・・・会いたい。

「その通りだ。紺碧の死神は地上にて具現した。行くがいい。お前の・・・大切 な者なのだろう?」

神の促す言葉。

「・・・大切なんかじゃありません。あんな、人の事も考えず猪突猛進で突き進 むヒトなんて。」

口ではそう言っていても彼の口元は軽く笑みの形に緩んでいる。

「そうですか。ついにあのヒトが・・・。」

彼は喜びに掠れた声でそう呟くと、創造神へ深々と頭を垂れた。

 

「はよぉ・・・。」

新学期、最初の日。

春麗らかなある四月の朝、目をしょぼしょぼとこすりながら草薙皓はそうもごもごとつぶやいた。

「おはようございます。・・・大丈夫ですか? 目の下クマができてますよ。」「うーー・・・だひじょほぶ・・・。」

あくびまじりにやはり小声で呟く皓。

「夕べはまた何をしてたんです、いったい。」

「読書。んふふ。ケイって無茶苦茶頭よくってカッコイイんだぜ?

  女医っていいな、なんか。白衣がいい感じだ。」

皓はそのぬぼぉっとした外見にふさわしく読書が好きだ。・・・時間を忘れるほどに。

「寝たのは何時です?」

「うーーーっとねぇ。二時頃か、な?

  『死因』読んでたら夢中になっちゃって。眠くてたまんないのに、でも読みた くってさ。大変だった。」

「・・・起きたのは何時なんですか。」

「・・・・・・・・四時。」

はぅっと大きくこれ見よがしに彼はため息をついた。

「皓さん。ちゃんと寝るように言ったでしょう?

  躰壊したら大変だっていつも言ってるじゃないですか。」

「やぁーー・・・読み始めたら止まんなくって、寝てる時間がもったいなくって  ついつい。」

あなたはそういうヒトでしたよね・・・。いつだって自分の躰の事には無関心で。彼、岩瀬紫京ーーーラファエルの現世の名であ

るーーはこめかみをぐりぐりと指でもむ。創造神からのお達しがあってからすぐ。ラファエルは彼の住むマンションへと越したの

だ。そして春休みの短い期間だけで、彼をここまで手なずけることができた。もう以前となんら変わらない。

「んーーーーーっ・・っはぁ!」

大きく気持ちよさそうに伸びをして皓は目を細めた。

さらさらの黒髪がわずかに瞼にかかり、黒目がちの大きな瞳はうっすらと隠れている。・・・目の色を誤魔化すためだろう。理由

は皓と親しくなってから本人から聞かされた。色素配合がおかしいらしく瞳の色がかぎりなく黒にちかいダーク・ブルーだという

のだ。これぞ皓の「紺碧の死神伝説」の由来である。自らの躰の中に封じ込めた『夢』の色を髪と瞳に顕著にした美しき御使

い。

ふらふらと危なっかしく歩く長身痩躯の皓はやたら目立つ。さらに隣に紫京が並ぶとその派手さ加減は倍、いや二乗される。

「紫京、何ぼーっとしてるんだよっ、バスきてるぞっ。」

数歩先を進んでいた皓がくるりと振り返って紫京をのぞき込んだ。急かす響きと、心配そうな響きが半々こもった声音。

「・・・何でもないですよ、 ちょっと考え事を。」

「そっか。急ごうぜ?

  バス乗り過ごすと遅刻だぞ。」

皓がぐいぐいと紫京の服の袖を引いてバス停まで走る。ちょうど間に合って二人はバスの中へと滑り込むことができた。

「皓さん、座ったらどうです?

 一つ空いてますよ。」

紫京が座席の一つを指し示すが、皓は顔をゆっくりとふる。

「駄目だ。ただでさえこの時間帯は学生が多いのに。

 普通のお客に譲んなきゃ。」

「その人達だって会社員です。あなたが座ったってかまいませんよ。」

「だぁめ。」

紫京にしてみれば同じような条件なのだから疲れている皓が座った方がいいとおもうのだが。皓はそうは考えないらしい。

「俺、眠るから。後よろしくな。」

紫京がうなずくより先に皓は体重を紫京へとあずけてきた。

・・・・重いんですけど?  内心ぐちりながらも紫京は創造神へとつぶやく。

ーーー我が父よ、このヒトが今となりに存在することを感謝しますーーー

 

ふわふわとした軽い浮遊感。

・・・なんだろ?  この感覚。長い間忘れてた。

皓はうっすらと目を開ける。

目の前の厚手のブレザーからかすかにかおるコロンの香り。・・・エゴイスト?

ぱちぱちと数回の瞬き。顔を少し上へむけると心配そうな顔をした男らしい美貌がすぐそばに見えた。

「大丈夫ですか?」

「うん・・・大丈夫だ。心配ないよ、ラファエル。」

・・・彼は思いっきり目を剥いた。

「なななななななななななななっ!?」

なの字を連呼した彼に、そっと笑いかける。現実感がちっともない。

「しっかりしてください!!

  皓さん、皓さんっ!?」

ぱんぱんっと軽く頬が鳴った。

「あ・・・?  紫京? 

 俺、寝ぼけてたみたいだ・・・。」

ふわぁぁとあくびをしつつ、瞼をこする。

「良かった・・・・!!

  急に変なことを言い始めるからついに狂ったのかと思いましたよ。」

「ついに、って何だよ、ついにってのは。」

人混みに押されて両手が使えないため紫京の厚手のブレザーにぐりぐりと頭を押しつける皓。ほんの数センチの差だが紫京

の方がでかいのだ。

「バスの中で寝ぼけないでください。恥ずかしいったらありゃしない。」

「うーーーん。なぁんかすっげぇ夢見てたんだけどな。

  翼の生えた人間がぽこぽこ出てくるんだ。やけに少女チックな夢。俺って結構夢想家だったんだなー・・。」

夢なんかじゃありませんよ。遠い昔のあなたの記憶です。・・・とはさすがに言えず紫京はやわらかい微笑みを浮かべる。

「やっぱり笑うか。そうだよなー。紫京ってば現実主義者だもん。話さなきゃ良かった。」

ええ、私はモラリストですが天使でもあるんですよ。

こう言ったらあなたはどうしますか・・・皓さん?

あなたはいつも私を苛ただせてばかり。

あなたが・・・消滅した時、私は壊れてしまうかと思った。あなたが存在する事でどんなに自分が癒やされていたのか私は気づ

いていなかったんです。

紺碧の死神。死を司る神の御使い。

私の・・・魂の拠。

「皓さん、おりる準備をしてくださいよ?」

「んー・・。鞄がどっかいっちゃった。どうしよ。」

「は?

  鞄、なくしたですって?

  どうするんですかあんた、そんなもの無くして。」

「どっかに落ちてると思うんだけど・・・・。」

皓が無理矢理かがみこんで鞄を探そうと目をこらした瞬間、バスが大きく揺れた。「をぶっ!」

鼻面を思いっきり紫京の腹に打ち付ける。

「いてっ。いっつーー・・」

へたんと座り込んでぶつけた鼻をこする。・・・わずかに赤い。

「大丈夫ですか、皓さん。」

「・・・・ん。鼻がつぶれた。」

「これ以上低くはなりませんから安心してください。」

「ひっでーー。お前、それはヒトとして言っちゃいけないことだろー?」

明るく呻いた皓に紫京は立たせてやるつもりで手をのばし、周りの様子をうかがう・・・が。いつまでたっても紫京の手を皓がと

ることはなかった。

「皓さん?」

呼びかけつつ、今まで皓のいた足下を見下ろす。

「・・・・・!? 」

大きな翳りをふくんだダークブルーの瞳が焦点を失っていた。放心したように座り込み、動こうとしない。

・・・意識が、ない・・・?

彼がそれを確かめるより早く、つぷつぷと皓の躰がバスの床へと沈み始めた。まるで底なし沼にでもなったかのように皓をの

みこんでいく。

「皓さんっ・・・!!」

必死にその躰を捕まえようと腕をのばすが他の乗客に阻まれ・・・・

  つぷんっ・・・・・

皓の、助けを求めるように天を仰いでいた顔までが・・・その存在がバスの中から消え失せた。

  ぎしいいいいいっ・・・・ぱんっ。

何かの軋む音がして乗客達は、ふと我に返ったというようにあたりを見渡す。

紫京がバスの中に綿密に織り込まれてあった呪詛を破ったのだ。

「私の目の前であのヒトをさらうなど・・・・。」

ぎんっと薄茶の瞳が殺気を帯びる。

全身の血がたぎってしまうかと思われた。許せない、許さない。

「・・・・とくと後悔してもらいましょうかっ!!」

小さく叫んだ瞬間、彼の姿はそこからかき消えていた。・・・自分の事で精一杯の他の乗客達に気づかれないままに。

 

                         

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